2020年8月10日月曜日

所在ない情景

珍しく連日投稿。ちょっと書いておきたい事があったので。

2010年〜約10年間、下北沢のleteと云うお店の壁に設置されていた絵が、お店の改装に伴って戻って来た。2008年にお店が主催したコンサートのステージに設置する為に「樹の絵」を描いてほしいと依頼を受けて制作した絵だった。依頼に対する報酬は一万円。お店の依頼で描いた絵であり、報酬ももらっているのでお店が必要であればいつまでも使ってもらって構わなかったけれど、不要になったら返却してほしいと思っていた。「依頼」はCDジャケットや雑誌のページにイラストを頼まれる場合と同様で、あくまでもその「絵柄」を制作提供する事で現物の譲渡ではない。と云うか単純に一万円で大きな作品を販売するのは、自分が費やした労力と時間に対して難しい。もちろんこの事はお店と話し合って合意しています。

戻って来た絵は損傷箇所が多かったので、出来る限りの修復を試みて、もしうまく行ったらあらためて販売しようと考えた。作業は思った以上にうまく行って、表から観るぶんには描き上げた当初と変わらない状態に復元出来たと思っている。裏面は継ぎ接ぎだらけだけれど。

2008年の「leteのコンサート」はお店が初めて店外で企画したコンサートで、自分も参加する事になっていたので、なんと云うか、制作に気持ちが入っていたのだと思う。今まで描いてきた絵の中でも特に気に入っている作品のひとつだと思っている。草むらと大きな樹、海なのか河なのか定かでない背景と薄明かりの空、全てがシンプルで所在ない情景。

そしてお店の壁に設置されてたくさんの素晴らしい演奏と共に10年間を過ごさせてもらって感謝しています。

と云うわけでHPの通販ページに載せてあります。
もし興味があったら確認してみてください。(追記:売約済みになりました)
http://kazuhironishiwaki.jp




2020年8月9日日曜日

真夏のマスク

quatre saisons 町田店でのイラスト展、開催中です。暑い季節に100枚のイラストを一気に描き下ろしてこのお店で展示してもらうのが、ここ数年の恒例行事。今年も7月後半に集中して101枚を描き下ろしました。

エアコンNGの暑い部屋で、汗だくのおっさんが小さなベニヤ板のボロ机の前に座り込んで時計を睨みながら、小さな可愛らしい?イラストをテンパって描き続けている様子は単なるギャグだと思う。でもそんな引き籠りのキモいおっさんに成り下がっても、思いがけず可愛い動物が描けた時の喜びがあるのだから上出来かも知れない。23日(日)までなので、よかったら足を運んでみてください。
http://www.quatresaisons.co.jp/shop_list/id=142

話は変わって、外出時はマスクをするのが当たり前になった。暑いと気が遠くなるけど。うっかりし忘れて出かけると終始「すみません」と云う心持ちで居た堪れない。逆にマスクをしないで堂々と歩いている人を見ると、なんとなく強面のガラの悪い人なのかな?と思ったりする。電車に乗ってマスク姿の人々を見渡しながら、マスクを外すとどんな顔だか想像するのが暇つぶしに最適。なぜだか容易に想像がつく人もいて、その場合はあまり面白くないけど、正解が分からない場合はあれこれ色んなパーツを当てはめてみる。そんな風に暇つぶしに利用されていると分かったら気を悪くするかも知れないけど、悪気はないので大目に見てほしい。絵を描いていてつくづく思うのだけど、人の顔のパーツはごく僅かな違い、例えば全く同じ形の目や鼻も位置が1mmズレたら、印象は大きく変わる。そしてもちろん形も大きさも配置もバリエーションは果てしない。当たり前だけどそこに「理想」や「正解」はないよね。





2020年7月28日火曜日

お手本がない事

来月のイラスト展に向けて相変わらず部屋で絵を描く毎日。以前にも書いたけど僕は美大や専門学校で絵を学んだ事はない。いつも自分なりに頑張って描いてはいるけど、美大やその他で絵を学んだ人から見れば、ママゴトにすらなっていないようなものだと思う。若い頃は個展をするとたまたま通りかかった美大出(自称)の人から随分酷い事を云われたりしたけれど、まあ仕方がないと思っていた。20歳前からデッサンの訓練を積み、学校に入れば大勢の中で自分がどの程度かを思い知りながら研鑽を積んだ人から見れば、なんでこんなふざけた奴が個展なんか開いてるんだ?と思うのも無理はない。

でも仕方がない、本当に。先日も書いた通り僕は自分が機嫌よく生きていたいから絵を描いているだけだと思う。世の中で価値があるとされる絵が描きたいわけじゃない。最近よく聞く「生産性」はゼロに等しいだろう、こんなにたくさん絵を描いていても。それでも自分は自分でしかないんだよね。誰にも決められない。

僕が絵を描くのに使う紙はターポリン紙と云う梱包用の紙で90cm幅/30mのロールが1,500円で買える。そして水性ペンキとアクリル絵具を併用して描いている。世の中には同じような事をしている人はいるかも知れないけど、自分は金がないので安く材料を揃えるために30歳になる頃から使うようになった。使い始めた当初はなかなか思うように描けず、いろいろ試行錯誤をしながら今に至っている。だから自分なりの手順や描き方は少し出来ているとは思うけど、美大で教わるような絵具の扱い方とはかけ離れているだろう、たぶん。

別に「独自な事」がしたいとは思っていないし、いろんな事から影響を受けていると思うけど、お手本がない事を手探りでやるのは楽しいし性分にあっているのだと思う。音楽も同じ。他人がどう思うかを必要以上に気にするのはつまらない。もちろん発表する以上楽しんでほしいとは思っているけれど。

ちょっと違う側面から考えると、絵や音楽は自分にとって、ネコや鳥、動物みたいなものかも知れない。動物は食べ物をくれるとか可愛がってくれるとかシンプルで真っ直ぐな要求と理解があるだけで、相手が誰であっても愛する事が出来る。絵や音楽は力を尽くして取り組めば自分みたいに才能なんて微塵もない者にも絵を描いたり音楽を奏でる喜びを感じさせてくれる。

愛する為の条件をあれこれ設定して、選ぶとか選ばれるとか不遜になったり卑屈になったりするのは人間だけだよね。でもそうやってあれこれ考えたから、人間は「弱くても食べられない(殺されない)」社会を作ったのだけども、。でも最近はその社会が随分危うくなっている気がする。

話は変わって8/3(月)~23(日)まで、quatre saisons 町田店でイラスト展をさせてもらいます。小さなイラストを多数展示します。よかったら足を運んでみてください。

「西脇一弘 イラスト展 2020」
quatre saisons 町田:東京都町田市原町田6-1-11 ルミネ町田店8F
http://www.quatresaisons.co.jp/shop_list/id=142



2020年7月10日金曜日

久しぶりのライブ

雨続き。九州、その他の地域の被害が広がらないように願います。

緊急事態宣言が解除されて以降、感染者数が増え続けて、引き続き外出を控える必要を感じている。先日知り合いとなんとなくの世間話をする中で、「若い人達はあまり気にせず出かける人が多いみたいですね、気にするのは30代後半〜、な印象です」と云う話を聞いて、そう云うものかもな、と思う。親が60歳過ぎる年齢〜とも云えるし、子供がまだ小さくて手のかかる年齢〜とも云える。無頓着でいられるのは若者らしさとも思うので批判はしたくないけど、他者への思いやりに欠ける行動にはあまり関わりたくないとも思う。でもよく考えれば年齢で区別出来るものではないな、やっぱり。その人個人の考え方の問題。経済活動しなくては生きて行けない、やりたい事を我慢するにも限度がある、でも感染防止に努めたい、等々、社会も個人もジレンマを共有している。自分はどうしたらよいのか分からず、オロオロするばかりだけども、今までとは違う考え方や行動が求められているのだと思う。

とは云え、先日は久しぶりにお客さんの前でライブをして嬉しかった。座席に距離を取り、演奏者の前には透明ビニールシートが掛けられ、店内は消毒液で丁寧に清掃されていて、お店の配慮は出来る限り行き届いていた。お客さんは休憩中も殆ど会話なく、終演後は速やかに帰って行った。自分自身はいつもとあまり変わりなかったので恐縮だけど、こうやって新たなやり方を引き続き模索して行きたいと思った。

話は変わって、相変わらず部屋に引き籠って絵を描く時間が多い日常。自分が描いている風景や人物には特定のモデルはない。でもその絵を描いている間は、毎日その「場所」に行き、その「人物」に会っているような気持ちで描いている。そうやって絵と深く関わる事は自分が絵を描くのに必要な事だと思っている。

世の中的な価値の話ではなく、自分にとってどれだけ大切か、と云う話。






2020年6月21日日曜日

Both Sides Now

梅雨入り後、涼しい日が続いている。相変わらず絵を描いたりギターの練習したりの毎日。絵を描く時に音楽を聴くか?と訊かれる事があるけど、あまり聴かない。外を歩く子供の声や鳥の鳴き声を聴いている方が絵を描くには丁度いい。でもたまに聴く事もある。今日は久しぶりに若い頃のジョニ・ミッチェルを聴いていた。一番好きなアルバムは「ミンガス」だけど、もっと以前のアルバム。

「Both Sides Now」と云う曲がある。音楽好きなら誰でも聴いた覚えがあるはずの印象的なメロディと内省的な歌詞で知られる名曲。若い頃のジョニ・ミッチェルのギターと歌唱を聴いていると、まさしく天才とはこう云うものか!と感じる眩しい輝きに満ちている。「私は人生を裏表から眺められるようになったが人生なんてさっぱり判らない、、」と云うリフレインに対して当時は「二十歳そこそこの貴女が人生の何を知っているのか?」とずいぶん批判を受けたそうだけど、なんとも見当外れな話だ。

この歌には未経験(未体験)の中にしか存在しない聡明さ、みたいなものが息衝いている。ボブ・ディランの2nd、3rdアルバムにも感じるのと同質のもの。並外れた想像力、観察力と洞察力が達成した見事な表現。経験していないからこそ、これほどの鋭敏さ、深遠さで語れるのだと思う。

僕は若い頃、そう云う作品が好きだったけど、40歳を過ぎてからあまり聴きたいとは思わなくなった。ボブ・ディランやジョニ・ミッチェルを聴くなら近年の歌の方が格段に好きだ。若い頃のような容赦ない鋭さは感じないけれど、額に深く刻まれた経験のような歌唱は何倍も暖かく儚い。

それにしても「Both Sides Now」が世界中のどれだけの人のソングライティングに影響を与えたんだろう?って思うと、たぶん気が遠くなるくらいたくさん居るんだろうな。

話は変わって、最近の中高生がなりたいものの上位にユーチューバーがあると云う何かの記事を読んで、へぇ〜と思う。自分の好きな事を極められれば、それを世に問う窓口がとても身近にあるとも云えるよね。

今はネットで周りの水準?みたいなものが手軽に一望出来るので、どんなジャンルであれ、他人の関心を集めて収益を得るにはどのくらいの事をしなくてはいけないか?を誰もが解っていて、だからYouTubeを観ていると、ビックリするくらいギターの上手い若者はゴロゴロ居るし、絵も同じで、写真やデジタルのバーチャル画像と見分けがつかないようなイラストを手で描いてしまう若者がtwitterやインスタにたくさん居る。更に、そうしたスキルを元手に動画を撮って広告収益を得る程のアクセス数を達成するのはたぶん途方もないハードルで、自己プロデュース能力が問われると思う。例えば高度なギター演奏技術を身に付けて、それを元手にギター教室動画を作る。教え方を通して理解し易さや実用性を基本に人柄や容姿までもが人気を得る要素になるから、無数にある教則動画は皆んな念入りに準備されているのが分かる。そうやって「なんでも自分でやってみよう」って方法でありつつ、独り善がりにならない自己認識を持てるのは最近の若者の特徴だと思う、誰でもではないかも知れないけど。

とは云え、音楽や絵や、好きな事諸々をやりたい動機は他者にどう思われるかだけではなく、自分にとっての必然と云う側面ももちろんあるわけだけれど。でも近頃は「ユーチューバー」になるのが目的で音楽や絵を始める若者ももしかしたら居るのかも知れないね。料理や暮らし方提案みたいのとか、好きな事を利用して動画作成と云う順序が当たり前に思うけど、逆もあるのかも知れない。面白いな。

また話は変わって、6月22日(月)〜6月28日(日)、銀座の月光荘-画室2でイラスト展をさせてもらいます。ゆったりした空間で観て頂けると思います。よかったらいらしてください。

*SNSでお知らせした営業時間が若干間違っていました。以下が正しい時間帯です。すみません。よろしくお願いします。

西脇一弘 イラスト展 2020
東京都中央区銀座8-7-18 月光荘ビル
1F:月光荘 画室2(11:00~19:00) 03-3572-5605
http://gekkoso.jp/gashitsu2.html
5F:月のはなれ(平日11:00~22:00/土日12:00~21:00)
http://tsuki-hanare.com































My love isn't left from your side.
However I go everywhere freely.

私の愛情はあなたの側から離れない。
たとえ私が自由に何処へ行ったとしても。

























The rain which falls locally.
Do you exist there?

局地的に降る雨。
あなたはそこに居ますか?





















「Both Sides Now」の歌詞をイラスト化したもの。




2020年6月7日日曜日

初夏

6月に入って蒸し暑い日が続いている。万年金欠だけど、いつも以上の困窮が続いているにも関わらず時々出費の必要に迫られる。20年前に一大決心で4万円くらいで購入、愛用してきた掃除機が壊れた。メーカー修理対応はとっくに終了。掃除機は自分にとってかなり重要な生活必需品。絵を描くのに最も邪魔になるのは部屋の埃。乾く前の絵の具に張り付いて絵の仕上がりを左右してしまう。なので1枚仕上がって次へ行く際に必ず念入りに掃除機をかけて拭き掃除をしなくてはならない。

買い替えに際して、今まで使った来たメーカーも考慮したけどやはり高価なので除外。安いものを幾つか検討したけど上記の理由で性能面もおろそかに出来ない。散々悩んだ挙句、近年掃除機界でダントツ人気の*イソン社の最安モデルに決める。最安でも定価は5万近いけどネットオークションでは未開封の謎流通品が半額くらいで売られているので2万円強で購入した。使ってみてビックリの快適な高性能。吸引力は申し分なく排気システムのフィルターも万全で、紙パック式と違い吸引したゴミが視認出来るのもいい。でも見た目は自分的にはあり得ないデザインで、しばし購入を躊躇ったけど。でもあまりに使い易いので気にならなくなった。十分過ぎるほど検討した甲斐があった。家電製品の目覚しい進化を体感した次第。

話は変わって、ようやく世の中が動き始めて画材店で絵具や筆を買えたので嬉しい。自分にとってはスーパーでキャベツを買うのと同じくらい当たり前で大切な事なのだな。先日も書いたけど、絵を描いたり曲を作ったりするのは機嫌よく生きていたいからなんだと思う。絵や音楽じゃなくたってなんだっていいんだけど、誰にでもそう云うものがあったらいいなと思う。そうしたら出来るだけそれに没頭して、誰かを憎んだり差別したり見下したり、騙し取ったり騙し取られたり、崇めたり、、する暇なんか無くせばいい。





2020年5月26日火曜日

独り言

僕は小学校入学〜4年生頃まで独り言の多い子供だった。ある日、母親に町内回覧板を2軒隣の**さんの家に届けて来てと頼まれる。当時僕の住んでいた田舎町は、外出時にも施錠する習慣がないような長閑な土地柄で、勝手に玄関を開けて「**さん、回覧板持って来ました〜!」と声をかけるのだ。しばらく待っても応答がないので、小さな声で「**さん留守なのかな?」「いや、いつもこの時間はおばさんがいるはずだよ?」「うん、そうだよね、おかしいね、何処に行ったんだろうね?」などと、一人二役で延々と会話をするのだった。しばらくすると**さんのおばさんが突然出てきて「あんた、ずっと誰かと喋っていたろう?誰と話してたんだい?」と問い詰められて、ビックリして何も答えられずに固まってしまう。おばさんは更に追い討ちをかけるように「気味の悪い子だね、お母さんに云って注意してもらわないと、」と云って僕を家に引っ張って行って母に事の次第を告げて「おかしな子だよ、何処かでちゃんと診てもらった方がいいじゃないの?」などと云って帰って行くのだった。母は幼い僕を見て「独りで楽しそうだな」と思っていたけど大して気に留めていなかったらしく、おばさんにお節介を云われた後も、人に知られると面倒だから気を付けなさいと云われただけだった。

マイペースな母とは対照的に父親は世間体を気にする短気で高圧的な人だった。上記の件も父が知れば一悶着あっただろうが、母は面倒がって何も云わなかった。父親との思い出で最も古いものはたぶん僕が2歳くらいの頃、歩くようになったので父は僕を連れて家の近所を散歩した。小さな路地で向かいから自動車がノロノロ走って来て、、未だ足元のおぼつかない僕は父に背中をポンと押されて転んでしまった。僕は車が近づいて来るのが恐ろしくて泣いてしまうのだが、父はそれを見て面白そうに笑っていた。

後で考えれば些細な事かも知れないが、この一件は僕のトラウマになったのだと思う。以降僕は父に懐かず恐ろしい存在として身構えた。懐かない子供は可愛くなかっただろう。父は弟を可愛がる一方で、勉強はさっぱりダメで、遊んでばかりいる僕を事ある毎に「こいつは出来損ないだな、」疎んじた。そんな僕の気晴らしは毎日学校から帰って来るとノートに絵を描いて遊ぶ事だった。勉強の為に与えられたノートに片っ端から絵を描いて埋め尽くした。なぜか動物の絵をたくさん描いた。本当は動物が飼いたかったけど、母が猛然と反対して実現しなかった。そうやって絵を描くようになって独り言はしなくなった。しかしノートに絵を描く習慣は父親のイジメの標的にもなった。何か「しでかす」度にノートを取り上げるぞ?と脅されるのだった。

僕は自己憐憫を感じていたわけじゃない。嫌なヤツは学校でもどこにでも居る。自分にはたまたま家にも嫌なヤツが居るってだけだった。ただ詰まらない毎日をどうやって楽しくやり過ごそうか?と思っていただけだ。


























大酒飲みだった父親は27年前に59歳で亡くなった。父と腹を割って話す機会を持たないままあっけなく死んだ。

20代半ば頃、バイトさぼりがちで明日食うものが無い金欠時に当時一緒のバンドで演奏していた、同じくらい金の無いヤツに1万円借りた。気のいいヤツで「いつでもいいから」と貸してくれた。なぜすぐ返さなかったのだろう?モタモタしているうちにそいつとは一緒に演奏する機会がなくなった。でも今度会ったら返そうと思っていたけど、単車が好きなそいつは900ccの大型バイクで事故を起こして死んでしまった。返しそびれた想いは心の底に澱のように残り続ける。それはおいてけぼりを食らったように残念だけど、でも先に死んでいった人達を忘れないでいられるからありがたい気もするのだ。

母は中学校に入学した直後に父親を自殺で亡くしている。その事が辛くて母は成人するまでの間、いつどうやって死のうか?そればかり考えていたそうだ。(僕の)父があっけなく亡くなった時、ずっと長い間不仲だった母は何を思ったのだろうか?そんな母は今85歳でおかげさまでなんとか元気にしている。何を思ってどう生きたって人の一生はあっと云う間だ。ただ想いだけが行き場を失う。