2020年11月23日月曜日

音楽の大きさ

先日ポコペンさんがしみじみこんな事を云う。「最近の音楽を聴いていると、あ〜、この歌は自分に向かって歌われてないな、自分はこの音楽の対象外なんだなって思う時があるのよね。音楽って対象年齢あるわよね〜」この気持ちはよく分かるし、どんな音楽も作り手が意図したか否かに関わらず、年齢に限らず、あらゆる環境や状況等、ある特定の対象に向けてのものだと思う。その対象に含まれる層が広いほどその音楽は大きな(普遍的な)音楽と云えるかも知れない。これは善し悪しや優劣の話ではなくて、単純に大きさの話。でもこれは意外性に満ちた話で、とても狭い対象に向けて放たれている様に思える音楽に、まるで接点がなさそうな人の心が動かされる例は無数にあると思う。そんな時やっぱり音楽は自分なんかのケチな考えなんてまるで及ばない程大きなものだな〜と思う。そんな大きなものの「大きさ」について考えるなんて途方もなさ過ぎて馬鹿げているな。

「相手の尊厳に対する貴方の度量が、貴方の尊厳を作るのだ」
名言だと思うけど誰の言葉だったかな?

音楽は誰の尊厳も傷付けないものであってほしいと思う。

話は変わって、サウダーヂな東京でのイラスト展、おかげさまで無事に終了しました。足を運んでくださった皆さん、お世話になった皆さん、どうもありがとうございました。


 

2020年11月13日金曜日

小学生の頃、先生が国語の授業で唐突にこの詩を教えてくれた。子供心に、空を見上げた時の、この行き場のない想いは大人になってやがて老人になっても変わらないんだなと、印象に残った。

「雲」

もうお前は忘れてゐるかもしれないが
あの時頬かむりをして
開墾地の隅で泣きじゃくってゐた子供が
私だよ 雲よ

あのとき茜色だったお前が
見る見る光を失って灰色に沈み
夕べの空にとけてしまったのを
いつまでも見てゐたのは
私だよ 雲よ

お前は忘れたかもしれないが
五十年たってもあのときの涙が
まだ乾かないのだ 雲よ

更科源蔵



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

変わらないどころか、追憶は年齢と共に磨かれて深い輝きを増す。
ささやかななんでもない事が特別な事になって、
特別だと思っていた事は何処かへ消えてしまう。
昨日何の気なしに聴いた笹倉慎介さんのシンプルな歌が素晴らしかった。

「いきさつ」

街はずれのビルを抜けて
一度だけ入ったきりの店や
誰かが手をかけた庭や
確かに二人が暮らしたアパート、、

https://www.youtube.com/watch?v=0vFi9G6fGOM

 

年齢を重ねながら、いろんなものを捨てて、
もう自分は空っぽになってしまうんじゃないか?と心配になった時、
きっと人は一番豊かなものを手にしている。

2020年11月5日木曜日

イラスト展のお知らせ 2020年11月

先日ショーン・コネリーが亡くなった。僕は007は観た事ないし、映画にも全然詳しくないので顔さえよく知らなかったんだけど、数年前になんとなく気紛れで観た「小説家を見つけたら」と云う映画で初めてどんな人なのか知った。夕暮れ時の薄暗い室内に佇む姿が妙にスター然としていて、たぶんサリンジャーを模したような隠遁生活をおくる偏屈な小説家と云う役柄には不似合いなくらい颯爽としていた。へぇ〜、この人がショーン・コネリーなのか、確かに風格あるな〜と思った。サリンジャーが好きなので映画は面白く興味深く観た。そう云えば確か音楽はビル・フリーゼルが担当していたと思う(違っていたらすみません)。それも良かった。たった1本の映画で知っているだけだけどとても印象的な人だった。

僕は映画スターに興味を持った事はないけど、スターと呼ばれる人はやはり多くの人を惹きつける分かり易い魅力を放っている。ヒット曲と同じでとてもキャッチーだ。キャッチーさは追求し過ぎると身も蓋もないものになってしまう。そうならない様に、明るい分かり易さの中に何処か掴みどころのない「隠された品の良さ」みたいなものがあるといいんだと思う。悪い事も太陽の下で悪びれずにやってしまう感じと云ったら変かな?マルチェロ・マストロヤンニにも似た印象がある。どちらもスターの王道。

話は変わって、11月6日(金)〜20日(金)まで代々木上原のサウダーヂな東京と云うお店でイラスト展をさせてもらいます。大きな人物画と風景画、小さな版画風の作品などを展示します。よろしくお願いします。

*もしDMをご希望の方はメールで送付先をお知らせ頂ければ郵送させてもらいます。

11/6(金)~11/20(金) サウダーヂな東京
西脇一弘 イラスト展 2020

サウダーヂな東京
営業時間:月火水20:00~ / 金土日15:00~(期間中限定)
東京都渋谷区上原1-32-5 ロイヤルテラス-202
phone:03-6407-9989























 

 

 

The other side where my destination is your memory.
Please stay here with me forever.

私の行く先は貴方の記憶の彼方。
いつまでも私と共に居てください。

2020年10月28日水曜日

しじまの中で

 畑を耕して種を蒔いて世話をした人は実ったものを手に入れる。なんだか大仰な出だしだけど、結局これに尽きると思うんだよな。

自分は怠け者だし能力不足だからたいしたものは手に入らないけど、ずっと音楽を作って絵を描いてきたって云う「実感」だけは手元に残るんだよね。それに価値を感じる人が一人も居なかったとしても、それだけは誰にも奪えない。うまくやっておいしい思いをしようって作戦ばかり練ってるような人に時々出会うけど、そんなの意味ないと思う。たいした事をしてないなら、たいした事ないものしか手に入らない。搾取しておいしい思いをした人には何も残らないと思うんだよね。この考えは20歳の頃から変わらない。

僕は幸いな事に同じような考え方の人と一緒に長年音楽を作ってきた。だから一緒に演奏する曲がたくさんあるし、作ろうと思えばこれからも作って行ける。世の中で価値があるかどうかしか判断基準を持たない人にはきっと分からないだろうけど、 これは自分が今まで生きてきて一番よかったことだ。高校生の頃、僕は友達と一緒に音楽がやりたかった。やってどうする?とかいつまでやる?とか何も考えてなくて、ただやりたかった。自分が音楽を作ったり絵を描いたりしているのは、それを続けているだけなんだよね。

山口冨士夫さんの素晴らしい歌がある。

https://www.youtube.com/watch?v=Tz6RIggreC8

「しじまの中で」

オレはただ窓に座って外を見てただけなんだよ
だから気にするな、、
オレの友だち
オレの友だちよ、、


 

2020年10月19日月曜日

秋冷

朝晩は結構冷えるようになって、うっかりギックリ腰になってしまった。20代の頃、重いものを迂闊に持ち上げようとして初めてなって以来時々なってしまう。「ギックリ」するきっかけはくしゃみ、寝返り、その他様々。 今回は絵を描いていて描画の方向によって身体の向きを変えようとした時、何やら不自然な負担を腰に与えたのだと思う。40歳以降はうっかりしないように気を付けるようになったので回数はそれまでより減ったけど、近年も年に一回くらいなっている気がする。やってしまった今日よりも明日からが厳しいんだよね。

20代になった時は腰を庇って動かなくてはならないので動き方がお爺さんのようになってしまって思わず自分で笑ったけど、最早お爺さんが冗談ではなくなって来た。年を取ると色んな場面で老いを感じる。先日は体温計のボタン電池を交換しようとして、なんて事ない作業に5分ばかり悪戦苦闘した。直径5mm程度の小さなボタン電池を交換して蓋を閉めるだけがなんとも難しい。蓋をはめ込む為の小さな突起が老眼鏡をかけていてもよく見えないので、手探りで察しを付けようとするんだけどなかなか上手くいかなかった。僕は若い頃とても視力が良かったので「見えない」と云う不自由を感じた事がないし、手先の細かな作業も苦に感じる事はなかった。些細な事だけど、こうして出来た事が出来なくなる、思うように身体を動かす事が出来なくなる、と云うのは地味に堪える。やっとの事で体温計の電池を交換している自分は側から見れば間違いなく老人に片足突っ込んでいるだろう。なんで体温計の電池を交換する羽目になったかと云えば、コロナ以降なんとなく心配で毎日のように検温している為。

角田光代さんのエッセイには、加齢を感じる現象として食べ方が汚くなった。と書かれていた。それは箸で掴んで口にちゃんと運んだつもりがポロっと落としてしまう、とかそう云う事。自分の身体を自分の意図した通りにコントロール出来なくなって来る、と実感を込めて書いてあった。 読んで「分かる、分かる」と共感した次第。

僕は絵を描いたりギターを弾いたり、手元を意図した通りに動かせないと困る作業を毎日している。絵については若い頃より丁寧に時間をかけて作業をするようになった所為か、今のところ老眼で見え難い事以外は不自由は感じていない。若い頃のようにむやみに力んだり緊張したりしなくなったので、むしろ最近の方が意図した通りに手が動くようになった気さえする。 ギターはどうだろうか?練習不足で上手く弾けない事が多いので、指がもつれるのを加齢の所為には出来ない気がする。ともかく、若い頃弾けてた事が弾けなくなったとは思わない。思うに、これは毎日のように長年続けている事だからその部分だけは今のところ維持出来ているって事かも知れない。だとすれば、毎日の生活の中になるべく身体を動かす習慣を多く持つようにした方がいいと思う。

掃除洗濯を面倒がらず毎日しよう、自炊買い出しは毎日しているが今後も続けよう。一日置きの散歩は毎日にするか。等々出来るのはこんな事くらいだけど何もしないよりいいと思う。そう云えば数年前に買ったダンベルがあるけど全く使っていない。なんでか分からないけど「運動しよう」って思うと全然習慣にならない。そのかわりギターをもっとマメに練習するか、。

 すっかり秋も深まって、老いを実感するには絶好の季節。 



2020年10月2日金曜日

中秋の名月

 今日から10月。今夜の月はとても明るい。中秋の名月だそう。でも今日みたいに明る過ぎる月よりも、出ているのに気付かないような静かな月が美しいと思う。とは云えこれは夜に灯りを取るのが容易な現代人の感覚だろうな。夜がしんしんと暗く灯りが貴重だった頃は、明るい月がさぞ頼もしく心踊る美しさだったのだと思う。

 些細などうでもいい不満を幾つか。僕はパスモを持たず未だに小銭で切符を買って電車に乗っている。しかしひと月前にどうしても駅構内のコインロッカーを使う必要があり、今は小銭使用不可でパスモを使うしかなくて買った。でも電車に乗るには使わずにいた。先日新宿で小田急線からJRに乗り換える際、JRへの直通改札が切符では通れなくなっていて乗り換えがとても面倒だった。こうやって仕方なくパスモに変えざるを得ない状況に持って行くなら最初っからもう小銭は使えませんってスッパリ変えてほしい。そしたらすぐ諦めるんだから。パスモが嫌いなのは料金を前払いさせられるシステムだから。それが僅かに得だとかそんなの関係ない。

10年ぶりくらいで国勢調査が来た。以前は3年に一回くらい来ていたけど、無作意に選んでいるらしいからたまたまだよね。コロナの影響で対面での回答が出来ないので郵送かオンライン。ならばオンラインでと思ったら、ウチのパソコンのブラウザでは非対応だった。スマホで出来たので別にいいんだけど、こう云う事ってもっと融通が利くようにシステムを作れないものなのかな?給付金申請の時も同じ事を思った。10年落ちのパソコンを騙し騙し使ってる貧乏人は給付金ももらえないっておかしいよね?まあ、オンラインで出来なければ郵送すればいいんだけども。


楽器や音響機材の国内最大の安売り店「サウンドハウス」。僕はまだ小さな安売り店だった1992年頃から愛用していて、カセットテープMTRやshure-SM57、安価なMIDIキーボードなどを購入していた。要するにその頃からマイナーな宅録ミュージシャンにはありがたい店だった。その後A-DATからDAWが普及してそれなりのクオリティの音源が自宅でも作れるようになって「宅録」は予算のないマイナー音楽家だけのものではなくなった。むしろ宅録普及によって大きな録音スタジオや製作予算を持っていたレーベル等の方が打撃を受けただろうと思う。そして最近「サウンドハウス」は配信のシステムを詳しく紹介しながら、必要な機材をいろいろと紹介する記事をサイトに載せている。簡易な配信システムならマイナー音楽家が個人で必要な機材を揃えるのはそれほど難しい事ではなく、昔宅録を普及させたように、今度は誰もが手軽に配信ライブなどを出来るように紹介している。きっと昨今たくさん売れるんだろうと思う。こうやって配信も資本とノウハウがなければ出来ないものではなくなって行くならそう云うのはいいなと思う。サウンドハウスさんはただ商売熱心なだけだろうけど、。


 

2020年9月4日金曜日

夏の記憶

印象に残っている夏の記憶。高校2年生の夏休み、既に高校卒業後は都内へ出て一人暮らししようと決めていたので、アパートを借りて引っ越しする為の資金を貯めなくては、と考えて夏休み中はバイトに励む事にした。どう云う経緯で探したのか思い出せないけど、丸ノ内線、淡路町駅近くのビル解体現場で解体作業のバイトだった。馬鹿デカい金槌でコンクリートの壁をぶっ叩き、粉々になった廃材を麻の袋に詰めて、階段で外へ運ぶ。5階建ての旧いビルにはエレベーターが無く、真夏の肉体労働は過酷そのものだった。上半身裸、短パン一丁で朝8時に集合〜4時半の解散まで一ヶ月みっちり働いた。昼休みはビルの屋上で近所の弁当屋で買って来た昼飯を食ってゴロゴロ寝っ転がっていると、ジリジリと陽に焼かれてしみじみと「暑いな〜」と思った。肉体労働の現場と云うのは、無骨だけど気取らない素朴な人間関係だと、知らない人は誤解する場合もあるけれど、実は結構ネチネチと陰湿な意地悪をされる社会で、高校生バイトの自分は汚れた現場の掃除を命じられるんだけど、掃除した直後の場所にわざとタバコの吸殻を捨てて「おい、ここに吸殻落ちてるだろ?」とか怒鳴られるのが日課だった。その度に箒でぶん殴って辞めてやろうかと思う。そんな自分の暑苦しさも含めて、本当に暑い夏だった。もう40年前の話。夏休み明けに体重を測ったらバイト前より4kg減っていた。

1年経って高校3年生の夏休み、肉体労働の過酷さに再び耐える自信がなくて、今度は渋谷の蕎麦屋でバイトした。10時に出勤して18時まで。何処にでもあるような普通の蕎麦屋だったけど、昼休み時には満席で店の外に行列が出来るほどの繁盛ぶりだった。近所への出前も含め、12時〜14時は嵐のような忙しさで、自分はこの2時間の為に雇われていたのだった。14時を過ぎれば殆どお客は来なくなって、賄いを食ってぼんやり店につっ立ってるだけで過ぎた。店で働くのは、主人のおっさん(当時40歳前後) とおかみさん、おっさんの弟、パートのおばさん、僕で、おっさんは親から店を継いだ職人堅気の人で、蕎麦つゆの調合もそば打ちの点検も天婦羅を揚げるのも、おっさん以外に出来る人はいなかった。でも店を回しているのはおかみさんの方で、デカい声で方々に指示して仕切り倒していた。「あんた〜!天麩羅蕎麦ふたつ、どうなってんのよ!」「うるせぇな、今やってるよ!」とどなり合う声が店内に響き渡っているのが、この店のデフォルト日常。

バイト募集の張り紙を見てフラっと店に入って来た自分を面接したのはおっさんだった。「ふ〜ん、高校3年生、いいよ、じゃあ夏休みいっぱい来てね」とすこぶる簡単に雇ってくれた。小柄な人で身長160cmちょっとくらいだったんじゃないかな、痩せていて、既に髪が少し薄くなっていて、簡単に云うと風采の上がらない感じだけど、休憩時間になるといつもサングラスをかけて「ちょっと一服してくるわ」と云って小一時間出かけていた。厨房は当然ながら禁煙だったけど「俺はいいんだよ」と云ってプカプカ吸っていた。僕は遅刻したり、どんぶり割ったり、横柄な客と喧嘩したり、散々なダメバイトで、おかみさんにはしょっちゅう怒られていたけど、おっさんは「まあいいじゃねぇか、今度から気を付けるだろ?」とか云って解放してくれるのだった。

そして夏休み最終日。「西脇くん、今日で最後だろ?休憩室で一緒に飯食おうよ」と云われて一緒に賄いを食った。「西脇くんは高校卒業したらバンド活動するんだって?」「はあ、そのつもりです」「俺もさ、若い頃なりたいものがあったんだよね」「何に、ですか?」「今更恥ずかしくて、云えねぇけどさ、、まあ、でも早々に諦めて、結婚してこの店継いだわけさ」「はあ、」「俺は才能もなかったし別に後悔なんかしてないよ、でも西脇くんはやりたい事がうまく行くといいね」「はあ、」「今の西脇くんにはピンと来ないかも知れないけど、本当に立派な事ってのは、自分の為じゃなくて誰かの為に頑張るって事だと俺は思ってるんだ」「はあ、」「いつか、俺がこんな話をした事を思い出してくれたら嬉しいよ。一ヶ月間ありがとうね」

正直云ってホントにピンと来なかった。それどころか、なんだか最後に説教くさい事云われちゃったな〜とか思いながら、給料袋もらって帰ったのだった。まだ井の頭線の駅舎がオンボロで汚かった頃の渋谷から電車に乗って、おっさんの言葉を反芻しながらなにやら胸がモヤモヤした夕暮れ時、自分にとって最も印象深い晩夏の記憶。未だに夏の終わりになるとおっさんの言葉を思い出すのだね。

あの蕎麦屋は1995年頃までは在ったのを確認しているけど、'98年には無くなっていた。5階建てのビルはそのままで全く違う店になっていた。

 自分は当時のおっさんを軽く一回り上回る年齢になったけど、まだあんな言葉を若者にかけてあげられるような大人にはなれていないな。

話は変わって、9月7日(月)〜9月20日(日)まで大阪の音凪と云うお店でイラスト展をさせてもらいます。大きな絵を1〜2枚と、小さなイラストを多数展示します。最終2日間はライブイベントもあります。よろしくお願いします。

 

西脇一弘 イラスト展 2020 @音凪
9月7日(月)〜9月20日(日)

open:lunch 11:45~14:00 / dinner 18:00~24:00
観覧の際は1オーダーをお願いします。

音凪:大阪市北区天神橋1丁目-14-4 友愛ハイツ1F
phone : 06-6353-8515

*クロージングライブイベント
9/19(土) pocopen + 西脇一弘 ゲスト bikke
開場18:00 開演19:00 チャージ ¥3,000-

9/20(日) pocopen + 西脇一弘
開場14:30 開演15:00 チャージ ¥3,000-

*ご予約は06-6353-8515まで