2022年3月18日金曜日

ROCKER

幸せは、何十年も共に過ごして来た相手と同じ思い出話を何百回も繰り返す事、台所で交わす気にも留めない会話、並んで歩いた何千キロの道、その他さまざまな永遠に繰り返したい事柄、始まりにも終わりにも気付かないほどに。

誰の生活も等しく守られますように。戦争反対。天災を事前に防ぐのは難しいとしても、救援支援補償が迅速に行き渡りますように。

話は変わって、先日書いたオートレジが困難に直面しているらしい。大量の硬貨を投入されて機械が詰まる事例が相次いでいるそう。それには銀行が硬貨の預け入れに手数料を取るようになったのが関係しているらしい。逆両替、。その他にもいろいろ問題あると思うんだよな、未だ完成には程遠い仮システムな感じがする。

また話は変わって昔話。
18歳の頃、高校出たらいっちょバンドやるぜと思ってて、友達を誘い込もうとがんばってて、 この時点で思ってた「バンド」って所謂ロックバンド。特に意識してたわけじゃないけど、それまでの自分が好きだったバンドの大半はロックバンドだったから。でもロックバンドもしくはロックって言葉にはなんだか音楽以外の情報がいろいろ含まれる。今はそんな事ないかも知れないけど当時'80年代半ば頃はそうだった。

現在の自分はこんな風には考えないけど、当時の自分はロックバンドもしくはロッカーは格好付ける前提で成立するものと理解していた(ファッションや見た目の事ではありません)。無論、気さくでオープンな人は沢山いるし、格好付けるなんてダサいぜって云う人も多いし、わざわざ露悪的になってみっともない自分を曝け出す人も多い。そもそも「格好良い」なんて「当たり前」の価値観は格好悪いって人の方がロック好きには多い気がするけど、でもそう云うの全部含めて、やっぱり格好付けるって事だと思った。違う云い方をすればいろんな意味で「賢い」必要があるって事。バカっぽい振る舞いはOKだけどバカじゃダメって感じ。そうじゃないと格好付けてもサマにならない。対して自分はロッカー?になるにはあまりにも凡庸で小心で猜疑心や反抗心に欠けていた。そしてうっかりミスの多い自分はいくら格好付けてみてもすぐに台無しな失敗を繰り返すと容易に想像出来たので、自分にはちょっと無理かな〜と思いながらも、当時は知人に誘われてロックバンド然としたバンドに参加したりした。

よい思い出も嫌な事もあったけど結局長続きせずそのバンドはやめた。それに比べて自分で始めたバンドは「 なんでもいいから何か自分(達)に出来そうな音楽を探そう」と考えてsakanaと名乗って35年続いた(こちらもよい思い出と嫌な事はテンコ盛りだったけど)。結局出来そうな音楽は未だ見つかっていないけど、今もそれなりに楽しんで探索を続けている。

なんで今になってロックバンドについてこんな事書いてるかと云うと、近年のSNSによって昔の知り合い音楽家の多くが今も健在で元気に活動している情報を知り、そのロックバンドぶりを頼もしくも羨ましくも思うからだ。彼らは若い頃から自分とは違ってたような気がする。でも年取ってよかったのはその違いがどうでもよくなった事だね。