2020年2月22日土曜日

知恵と老い

来月の岡山でのイラスト展に向けて相変わらず部屋で絵を描く時間が多い毎日。

20代の頃、バンド活動とバイトが生活の主だった。絵も描いていたので出会う人にそれを云うと「へえ〜」と興味を持ってくれる人もいて、知人が画廊に勤めているからとか、知り合いにカメラマンがいるから紹介するよとか、云ってくれて色んな人に会いに行った。大抵は40~50代の人で、作品を観てもらって話を聞いた。「君は何が描きたいの?先ずはそれがなくちゃ。アーティストみたいなものに憧れてるだけなんじゃないの?」「人真似じゃなく自分の絵を探さなきゃイカンよ。それは並大抵の事じゃない。日本を出て色んな場所を体験してきた方がいい。特に東南アジア圏を旅すれば少し自分の事が見えてくるんじゃないかな」等々、アドバイスをもらったのだった。僕はアーティストなんて呼ばれるものは胡散臭くて恥ずかしいとしか思っていなかったのでそんなものに憧れた覚えは1度もないけれど、何が描きたいの?君の絵はそんなものなの?と訊かれて全く答えが自分の中に見当たらない事はそれなりに考えるきっかけになった。ただ子供の頃から絵を描くのが好きだっただけでそれ以上の考えがなかったので「そんなんでいいのか?」と自問し始めたのだった。

だから20代〜30代は遅ればせな「自分探し」をしながらモヤモヤしたまま絵を描いていた。でもそうやって悩んでいる事に果たして意味なんかあるのか?とも思ってくるのが40代以降。今から10年くらい前(45歳頃)になんで若い頃の説教を真に受けてそんな事で悩んでいたんだろう?とようやく気付く。自分みたいなつまらない人間を掘り下げて表現するなんて、わざわざするような事じゃなかろうと思い至ってそれまでのモヤモヤがなくなって随分楽しく絵を描くようになった。何が描きたいのかではなくて、何が描けるのか?でしかない。何か出来る事があるならありがたいし、その「出来る事」を少しずつ広げて行けたら楽しさは続いて行く。

長いストロークで淀みない線を引く為には、たくさん描く以外の方法はない。見過ごしていた細部に気付くには描きながらたくさん考えるしかない。長くて80年くらいしか生きられない人生で絵を描く楽しみを満喫するのは到底無理な話だ。取り立てて才能もなく、賢い頭脳も優れた身体能力もない自分ならなおさら時間がかかる。

話は変わって、、

先日10年ぶりに老眼鏡を新たにした。10年使い続けている老眼鏡はすっかり度が進んで焦点が合わなくなっていたので、絵の細かい部分を描く時とても不便だった。絵の作業で1ミリは決して「小さい」わけではない。1ミリのズレや違いは大きな差異だと思う。でも今までの老眼鏡では1~2ミリの見極めは到底困難だったので、見えないけど勘で描いていた。しかし最近更に度が進んだようでこれはなんとかせねばと思い、ヤフオクで2,000円のフレームを買い、激安眼鏡店に持って行ってレンズを入れてもらった。レンズ代は2,500円だったので税込5,000円弱で作れてまあよかった。検眼の際、今までの度より2段階アップすると手元はくっきりクリアに見えたけど、少し離れた場所はさっぱり見えなくなる。今までの老眼鏡はかけっぱなしで出歩く事が出来たのでそれだけ手元にピントは合っていないけど面倒がなくて便利でもあった。なので中間を取って一段階アップのレンズにしてもらった。だから新たな眼鏡も細かい作業に完全にストレスがないわけではないんだけど、今までの状況と比べたらとてもよく見える。これだけの違いを感じると、今までの眼鏡で描いていた近年の作品は果たして大丈夫だったのか?と少し心配になるけど、きっと新たな眼鏡で描いたものと差はないと思う。絵は「眼」で観て描く作業は2割くらいで、残り8割は「頭」で観て描くものだと思うから。更に言うなら「心」で観た情報は思い込みが多く占めるので作画には邪魔になる。

と云うわけで眼鏡を新調して作業がやり易くなったのはよかったけど、それによって作品のクオリティが向上するわけではない。

僕は若い頃視力がとてもよく両眼2.0でその先も見えそうなくらいだった。あらゆるものが鮮明に観えていて、それを当たり前だと思っていたんだな。でも今のように観え難くなってからの方が絵を描く楽しさは格段に増したと思う。

尊敬する音楽家の山口冨士夫さんが晩年にこんな事を云っていた。「人は年をとると知恵は深くなる。身体は衰えるけど、」若い時は力があるけど知恵がない。知恵がつく頃にはそれを使う力がないって事だね。だから少ない力を有効に使うように知恵を絞るしかないんだよね。それは決して嫌なことではない。

絵を描く時以外は今まで使っていた老眼鏡の方が便利なので、相変わらず度の合っていない眼鏡をかけっぱなしにしている。

更に近況。1週間前に右上の臼歯を抜いた。10数年前に治療済みだった歯だけど、根っこがダメになってしまい抜かざるを得ない状況だった。結構な消耗だったけど、実は1年以上前から気になっていたので、まあよかったと思いたい。

更に近況。岡山県瀬戸内市の長島愛生園内、さざなみハウスでイラスト展をさせてもらっています。2月28日(金)までです。静かな美しい環境の場所です。お近くの方は是非足を運んでみてください。そして3月1日(日)〜3月31日(火)まで岡山市の城下公会堂でイラスト展をさせてもらいます。さざなみハウスで展示した作品を巡回しつつ、新たな作品を数点足して展示します。城下公会堂で展示させてもらうのは約5年ぶりになります。是非足を運んでみてください。





2020年2月6日木曜日

キングオブコメディ

前々回の投稿に追記した通り「キングオブコメディ」を観た。感想が追記するには長くなりそうなので新たに投稿する次第。(相変わらずネタバレありです)

確かに「ジョーカー」はラストだけではなく全編に渡って設定やヴィジュアルに「キングオブコメディ」からの引用をふんだんに盛り込んでいるのが分かった。それが分かっても自分にとって「ジョーカー」は面白くなかったし、逆に「キングオブコメディ」はとても面白かった。自分にとって好きな映画の一つになると思う。

どちらの映画も現実と妄想の境目が曖昧に描かれている。「ジョーカー」の最初の方で母親と一緒にTVを観ながら妄想に耽っている様は「妄想」と判る様に描かれていて、その後の様々な描写も妄想なのか?と思わせる前説のように機能している。同じアパートの住人との情事等、妄想だったと判る様に説明されるものとそうでないものの境が分からなくなって、結局ラストシーンによって全部妄想だったかも知れない的な終り方をしている。

「キングオブコメディ」はラストの「成功」は妄想として描かれているけど、それ以外は妙なリアリティがある。視点が主人公以外に据えられているのでたぶんそう感じる。云い方を変えると、主人公と観ている側にある程度の距離を作っているので、そう感じるのだと思う。

現実と妄想の境が溶け始めて「こうあるべき」秩序が外的にも内的にも壊れて行く様を描いて「他人事じゃない感」を突き付けるのが両作品の肝になっていると思うんだけど、自分にとっては「キングオブコメディ」の方が圧倒的に怖かった。家に引き籠もって毎日を絵を描いている自分だって似たようなものだ、と思わざるを得ない。さすがに最後のような成功を妄想をするほど若くはないのだけども、。

そして「キングオブコメディ」は主人公のイカれ方が陽性に振り切れているので正しくコメディで、その「犯罪に至る動機」が好きな女に格好つけたかった、と云うある意味みみっちい理由なところが哀しい。これも妄想とも取れるんだけど現実に逮捕されたと思う方が面白い。あと共犯者の痩せぎすの女性の存在がスゴく効果的で面白い。チャップリンの初期作品の太った相棒?みたいな感じ。

コメディとなると自分はどうしてもチャップリンを引き合いに出してしまう。「キングオブコメディ」の可笑しくて哀しい様と皮肉な描写は正しくチャップリン作品の後継とも思えたけど、チャップリンほど残酷ではない。「街の灯」はたぶん知っている人が多いだろうから説明はしないけど、あのラストの残酷さはスゴいなと思う。盲目だった女性の失望、あらゆる要因が繋がった最も美しい瞬間の失望。英雄であろうと見栄を張り切った浮浪者と「キングオブコメディ」の主人公には共通点も多いけれど、他者の為か自分の為か、が全く違っている。



2020年2月2日日曜日

明るい力

2月1日〜2月28日まで岡山県瀬戸内市 長島愛生園内 喫茶さざなみハウスでイラスト展をさせてもらいます。長島愛生園は国立ハンセン病療養所です。作品はいつもと変わりありませんが、らい予防法が1996年まで廃止されなかった事、隔離されて生きた人々の想いと世の中の様々な偏見と差別について考える機会になりました。

もちろん差別や偏見はない方が善いし、なくなるように努めるべきですが、なぜか差別を受けて苦しんだ立場の人々も人を差別して見下します。差別や偏見はしている当人が気付かないところに潜んでいる場合も多いように思います。この様な傾向は人間の(社会の)暗部にフォーカスしてネガティブな感情を募らせると増幅するように思えます。と云うような事を自戒を含めて考えました。

人には善い方へ向かう力も悪い方へ向かう力も同じように働くのだと思います。ならば自分は、隔離されて生きたハンセン病の方達の人生にも、自分や他の全ての人々と同じように明るく幸せな時間があった事に気持ちを向けたいと思いました。それはとてもささやかで静かで、目を凝らして耳を澄まさなければ気付かずに通り過ぎてしまうようなものかも知れません。

瀬戸内市長島はとても静かな場所だと聞いています。お近くの方は是非足を運んでみてください。よろしくお願いします。

西脇一弘 イラスト展 2020
8:00~16:00 定休日:月・火
喫茶さざなみハウス:山県瀬戸内市邑久町虫明6539
問い合わせ:080-2923-0871