2021年1月23日土曜日

写真

僕の父親はサラリーマン一筋の仕事人間で特に趣味はなかったと思うけど、車を持ち、様々な家族内の出来事を写真に撮って保存する、と云う当時の昭和的家庭人が大抵やる事を同じようにやっていたので、25年前に他界した時かなりの量の古びたアルバムを遺した。そしてそれは生前父が使っていた押入れに入ったまま誰も見ようとせず放って置かれた。

しかしこのまま放っておくわけにも行くまいと思い、先日ようやく引っ張り出して中身の確認作業をした。幼少の写真なんて他人から見たらふ〜んってものだと思うけど、自分にとっては相応の破壊力。僕は子供の頃の写真を大人になってから(少なくとも20歳過ぎてから)は1度も見た事はなかった。勉強はまったく出来ずイタズラばかりして怒られている典型的なアホガキだったので見たいとも思わなかった。見てもその通りでしかないんだけど、自分がこんなに幼かったと見せつけられるのはこの歳になるとそれなりに感慨深い。

しかし自分の写真以上にズッシリと重かったのは母親の若い頃の写真。まだ結婚したばかりで自分が生まれる前の母親は、現在85歳の母を見慣れている自分が「知らない人」だった。きっとこの後、子供を持ち生活を営む中でどれだけの事を諦めて赦して来たのだろう?と思わずにいられなかった。

こうしてアルバムを整理していても、父親と仲が悪かった母は全く興味を示さず見ようとはしない。もうそれでよいと思う。

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 6歳の頃。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 中学1年か2年生、一緒にいるのは弟。なんでこんな自転車に乗っているかは不明。僕は毎日バスケット部の朝練の為、朝5時半に起床して夜は9時過ぎると寝てしまう超朝型生活だった。日焼けして、毎日15kmのランニングを強いられ20km程度のランニングは苦ではなかった。今とは真逆のライフスタイル。でもこの頃すでに洋楽に夢中でロックバンドを聴き漁っていたので爽やかなライフスタイルは間もなく崩れ去る。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 23歳頃の母。着ているものが現在のユニクロでも売っていそうなものだ。


 










 

 

 

 これはかなり時代がかった服装。












 

 

 

母は今でもたまにこんな顔をする。

 

2021年1月15日金曜日

忘れもの

ネットでこんな記事が目にとまる。

「どこで読んだだろう。アフリカの、普段すごい長距離を歩いて移動している部族のひとたちを車に乗せてあげたところ、目的地で一同しばらく放心していたという。どうしたのかと訊いたら「魂が追いついてくるのを待っているのです」と。実は、我々みんなに当てはまる話なんじゃないかと思ってる」

そう云えば随分以前にもどこかで全く同じ内容の記事を読んだなと思い出す。まだ20代でネットも携帯電話も普及する前だったけど同じように心に残った。 別に生活が新たな便利品によって変化するのを批判するつもりなんてない。今更無かった時代に戻ったら、不便を感じて仕方が無いはず。バカみたいだけど今はいい時代だなとも思っている。昔は好きな音楽家の演奏映像が観たいために新宿外れの怪しげな海賊盤屋に行って数千円を払ってあり得ないほど低画質なビデオテープを観る羽目になったりした。

でもそんな便利さは凄まじいスピードで世の中を駆け巡る情報の中から自分に必要なものを見極めて掬い取る為の反射神経を要求する。誰もが理解し反応するスピードを求められて「早い」が美徳の一つになり、若者は得意顔で端末を手早く操作する。皆が瞬時に理解出来るものを求め、そうではないものは瞬く間に無用になって行く。そうやって獲得した「余暇」で人々は何をしてるんだろう?でも「暇」はたぶん最高の贅沢品。

自分たちはそんな発展の中で、いったいどれだけの言葉や関係や認識や理解や記憶や「心」を置き去りにしたのか?「その事」を忘れない方が善いと行き場を失って迷走し続ける世の中が物語っている気がする。

もう少し考える暇がほしいと思うんだよね。