でも取り敢えず自分の事は置いといて、もっと切羽詰まって困窮している人達を考える。云うまでもなく今までライブや展示でお世話になったお店はどこも存続の危機に瀕している(たぶん)。行政からの補償も大切だけど、たくさんお世話になって来た身としては何か出来る事はないだろうか?と思う。でも現時点では課金制の配信ライブくらいしか思い付かない。これからも考えて行く必要を感じている。それは云うまでもなく自分の為に。
コロナウィルスの影響で仕事を失った(減った)人達も、負担が増えて過酷な仕事に従事する人達も困難に直面している。専門家?の予測は色々目にするけれど、1日も早くに感染縮小から終息へ向かう事を願います。
少し話は変わって、SNS等で「此の期に及んで政治的発言をしない人はダメだ、どう云うつもりなんだ?」と云う批判を度々見かけるようになった。皆で力(声)を合わせて状況を変えて行かなくては、と云う考えは分かるけど、こう云う発言が多くなる事を恐ろしく感じる気持ちも自分にはある。何を信じるか信じないか、何を諦め何に希望を見出すのか、を周りの空気を読んで決めて行く人が増えるのなら、。
僕も随分前から現政権は信頼出来ないと思っています。ともかく今は必要なところ(人)へ迅速に補償、支給が行われる事を求めます。
更に話は変わって、また少し思い出話。
横浜に住んでいた中学生の頃、僕の通う学校は非行と暴力沙汰が横行する学区内屈指の問題校だった。廊下ですれ違う先輩に機嫌悪かったと云う理由だけで殴られ奥歯を折られるような環境で、金を出せと云われて無いと云えば蹴られ、明日家から持って来いと云われて無理と云えば殴られ、が日常茶飯の中学校3年間はそれはそれは詰まらない日々だった。だからありがちに音楽(主に洋楽)にのめり込んでそれだけを楽しみに凌いだ。そんな頃の事を最近よく思い出す。あんなに何をするのも嫌な毎日だったはずのに、なぜかもう戻れないのが残念で仕方がない。追憶ってそう云うものか?思い出を美化してるなんて単純な話ではなくて、きっと「あの頃」に置き忘れた想いが色褪せないまま残っているんだな。
誰もが助け合って生きている。それに帳尻を合わすかの様に「理不尽」は生きている限り付いてまわる。何処に居ても何をしても狡猾な政治家みたいな人に出くわす。そんなクソ野郎を恐れる必要なんてない。まるで居ないかの様に明るい方を向いていよう。とは云え何も云わないでいると「云わないのが悪い」と云う連中だから云うべき時に云わなくてはいけない。