2020年9月4日金曜日

夏の記憶

印象に残っている夏の記憶。高校2年生の夏休み、既に高校卒業後は都内へ出て一人暮らししようと決めていたので、アパートを借りて引っ越しする為の資金を貯めなくては、と考えて夏休み中はバイトに励む事にした。どう云う経緯で探したのか思い出せないけど、丸ノ内線、淡路町駅近くのビル解体現場で解体作業のバイトだった。馬鹿デカい金槌でコンクリートの壁をぶっ叩き、粉々になった廃材を麻の袋に詰めて、階段で外へ運ぶ。5階建ての旧いビルにはエレベーターが無く、真夏の肉体労働は過酷そのものだった。上半身裸、短パン一丁で朝8時に集合〜4時半の解散まで一ヶ月みっちり働いた。昼休みはビルの屋上で近所の弁当屋で買って来た昼飯を食ってゴロゴロ寝っ転がっていると、ジリジリと陽に焼かれてしみじみと「暑いな〜」と思った。肉体労働の現場と云うのは、無骨だけど気取らない素朴な人間関係だと、知らない人は誤解する場合もあるけれど、実は結構ネチネチと陰湿な意地悪をされる社会で、高校生バイトの自分は汚れた現場の掃除を命じられるんだけど、掃除した直後の場所にわざとタバコの吸殻を捨てて「おい、ここに吸殻落ちてるだろ?」とか怒鳴られるのが日課だった。その度に箒でぶん殴って辞めてやろうかと思う。そんな自分の暑苦しさも含めて、本当に暑い夏だった。もう40年前の話。夏休み明けに体重を測ったらバイト前より4kg減っていた。

1年経って高校3年生の夏休み、肉体労働の過酷さに再び耐える自信がなくて、今度は渋谷の蕎麦屋でバイトした。10時に出勤して18時まで。何処にでもあるような普通の蕎麦屋だったけど、昼休み時には満席で店の外に行列が出来るほどの繁盛ぶりだった。近所への出前も含め、12時〜14時は嵐のような忙しさで、自分はこの2時間の為に雇われていたのだった。14時を過ぎれば殆どお客は来なくなって、賄いを食ってぼんやり店につっ立ってるだけで過ぎた。店で働くのは、主人のおっさん(当時40歳前後) とおかみさん、おっさんの弟、パートのおばさん、僕で、おっさんは親から店を継いだ職人堅気の人で、蕎麦つゆの調合もそば打ちの点検も天婦羅を揚げるのも、おっさん以外に出来る人はいなかった。でも店を回しているのはおかみさんの方で、デカい声で方々に指示して仕切り倒していた。「あんた〜!天麩羅蕎麦ふたつ、どうなってんのよ!」「うるせぇな、今やってるよ!」とどなり合う声が店内に響き渡っているのが、この店のデフォルト日常。

バイト募集の張り紙を見てフラっと店に入って来た自分を面接したのはおっさんだった。「ふ〜ん、高校3年生、いいよ、じゃあ夏休みいっぱい来てね」とすこぶる簡単に雇ってくれた。小柄な人で身長160cmちょっとくらいだったんじゃないかな、痩せていて、既に髪が少し薄くなっていて、簡単に云うと風采の上がらない感じだけど、休憩時間になるといつもサングラスをかけて「ちょっと一服してくるわ」と云って小一時間出かけていた。厨房は当然ながら禁煙だったけど「俺はいいんだよ」と云ってプカプカ吸っていた。僕は遅刻したり、どんぶり割ったり、横柄な客と喧嘩したり、散々なダメバイトで、おかみさんにはしょっちゅう怒られていたけど、おっさんは「まあいいじゃねぇか、今度から気を付けるだろ?」とか云って解放してくれるのだった。

そして夏休み最終日。「西脇くん、今日で最後だろ?休憩室で一緒に飯食おうよ」と云われて一緒に賄いを食った。「西脇くんは高校卒業したらバンド活動するんだって?」「はあ、そのつもりです」「俺もさ、若い頃なりたいものがあったんだよね」「何に、ですか?」「今更恥ずかしくて、云えねぇけどさ、、まあ、でも早々に諦めて、結婚してこの店継いだわけさ」「はあ、」「俺は才能もなかったし別に後悔なんかしてないよ、でも西脇くんはやりたい事がうまく行くといいね」「はあ、」「今の西脇くんにはピンと来ないかも知れないけど、本当に立派な事ってのは、自分の為じゃなくて誰かの為に頑張るって事だと俺は思ってるんだ」「はあ、」「いつか、俺がこんな話をした事を思い出してくれたら嬉しいよ。一ヶ月間ありがとうね」

正直云ってホントにピンと来なかった。それどころか、なんだか最後に説教くさい事云われちゃったな〜とか思いながら、給料袋もらって帰ったのだった。まだ井の頭線の駅舎がオンボロで汚かった頃の渋谷から電車に乗って、おっさんの言葉を反芻しながらなにやら胸がモヤモヤした夕暮れ時、自分にとって最も印象深い晩夏の記憶。未だに夏の終わりになるとおっさんの言葉を思い出すのだね。

あの蕎麦屋は1995年頃までは在ったのを確認しているけど、'98年には無くなっていた。5階建てのビルはそのままで全く違う店になっていた。

 自分は当時のおっさんを軽く一回り上回る年齢になったけど、まだあんな言葉を若者にかけてあげられるような大人にはなれていないな。

話は変わって、9月7日(月)〜9月20日(日)まで大阪の音凪と云うお店でイラスト展をさせてもらいます。大きな絵を1〜2枚と、小さなイラストを多数展示します。最終2日間はライブイベントもあります。よろしくお願いします。

 

西脇一弘 イラスト展 2020 @音凪
9月7日(月)〜9月20日(日)

open:lunch 11:45~14:00 / dinner 18:00~24:00
観覧の際は1オーダーをお願いします。

音凪:大阪市北区天神橋1丁目-14-4 友愛ハイツ1F
phone : 06-6353-8515

*クロージングライブイベント
9/19(土) pocopen + 西脇一弘 ゲスト bikke
開場18:00 開演19:00 チャージ ¥3,000-

9/20(日) pocopen + 西脇一弘
開場14:30 開演15:00 チャージ ¥3,000-

*ご予約は06-6353-8515まで