引っ越した部屋で大きい絵を描き始めて一週間。気になっていた畳の上にベニヤ板を敷き詰めた事は、2~3日作業をしているうちに慣れてしまったみたいであまり気にならなくなった。でも光の加減については思っていた以上に違和感がある。日中の作業では窓の数もサイズも違うので部屋に入ってくる光量が違う。夜間の作業では部屋の広さが違うし照明器具の設置場所も違うので、光線の加減が違う。前の部屋で描いていた時と同じように描き進めているつもりでも、いつもと違って見える。あまり悩んでいても仕方がないので、現状で見える状況に従って、よいと思うように描き進めていく。なんとかこの部屋で描く1枚目が今日完成した。最初は慣れない為に数枚完成に至らない失敗が続くかも知れないと思っていたので、出来上がってよかった。以下の写真は8割くらいの時。
描いた絵を展示する場所は毎回違うし初めての場所もある。だから部屋で見ている時とは当然観え方は違ってくる。なので描いている部屋で観ている状態を「基準」にする必要があるわけ。描いている部屋で「こう観えているなら、どこへ持って行って展示しても『こんなはずじゃなかった』とはならないだろう」って思える基準が。しかしその為には同じ部屋で何枚も描いて、色々な場所で展示してみなければ基準は成り立たない。自分の頭の中に経験によって自然と形作られる「基準」だから。
そう考えるとやはり作業する部屋を変えるって大きな出来事なんだな。あまりこう云う事を書いていると、コダワリ過ぎと思えるかも知れない。僕だって出来ればあらゆる事に鷹揚でありたい。でも部屋の光量(光線)の問題は例えば40歳を過ぎた頃、モノが見え難くなって来て、参ったな〜と思いながら我慢して描いてたんだけど、43歳の時もう無理だと思って老眼鏡を使うようなった。老眼鏡を通してみる世界はそれまでよりあらゆるものが一回り大きく見える奇妙な世界だった。そして極端な云い方をすれば魚眼レンズの様に視界が歪む気がした。それに慣れて絵を描ける様になるまでしばらく時間が必要だったのと同じような事。コダワリ過ぎでは片付けられない描き難さなのだ。
2017年1月29日日曜日
2017年1月25日水曜日
手順
以前から度々思っている事だけど、絵を描いていて最も重要だなと思うのは「手順」これは、例えばイエローオーカー(黄土色)のジェッソで地塗りをしてから、メディウムで薄く溶いた絵の具で下地が透けるように描く、、と云うような大雑把な手順だけではなくて、もっと細かな筆の運びなども含まれる。対象を逆光で見ている場合など、対象全体を覆うように濃い影が出来た場合、首から肩にかけてと顎から首にかけて、どちらの部位に先に影を入れるのが効率がよいか?とか、そう云う事。筆の運び方と云うのは、アカデミックな美術教育を受ければ、たぶん言及される事なんだろうけど、僕はそう云うのに全く縁がないまま今まで描いて来たので、人から教わる機会はなかった。でも一人で勝手に試行錯誤していても、こうやって重要だと思う事なんだから、きっと先人が優れた手本を多く残しているんだろうと思う。
例えばルーベンスやベラスケスは、僕の様に無知なものでも優れた技術を持った画家として歴史に名を残しているのを知っている。流麗で無駄のない筆の運びは滑らかでキラキラした光を放つ描写に優れている。近年の画家ならボレマンスはベラスケスに倣った優れた技術を習得している事で知られている。
レンブラントは筆の運びの不器用な画家だと思う。深く沈殿する様な画面の中に「やり直し」の痕跡が多い(と自分には見える)。だから洗練された画面ではないけれど、独特の感動的な陰影は試行錯誤しながら描いた「あの感じ」から生まれたものかも知れない。
だから「手順」が重要と云うのは、何も「洗練されて要領よく」出来ているのがよい、と云うような単純な事ではなくて、絵の仕上がり、その絵が放つ「何か」に対してとても影響が大きいと云いたかっただけ。まあ当たり前の事だったかも知れません。
例えばルーベンスやベラスケスは、僕の様に無知なものでも優れた技術を持った画家として歴史に名を残しているのを知っている。流麗で無駄のない筆の運びは滑らかでキラキラした光を放つ描写に優れている。近年の画家ならボレマンスはベラスケスに倣った優れた技術を習得している事で知られている。
レンブラントは筆の運びの不器用な画家だと思う。深く沈殿する様な画面の中に「やり直し」の痕跡が多い(と自分には見える)。だから洗練された画面ではないけれど、独特の感動的な陰影は試行錯誤しながら描いた「あの感じ」から生まれたものかも知れない。
だから「手順」が重要と云うのは、何も「洗練されて要領よく」出来ているのがよい、と云うような単純な事ではなくて、絵の仕上がり、その絵が放つ「何か」に対してとても影響が大きいと云いたかっただけ。まあ当たり前の事だったかも知れません。
2017年1月21日土曜日
鷹揚なベニヤ板
先月引っ越して来た部屋で、大きな絵を描くのに必要な最低限の準備がようやく整ったので昨日から大きな絵を描き始めた。近年は以前より若干小さくなったけど、それでも150cm/200cmくらいのサイズが描けるスペースが必要。先日も書いたけど、以前の部屋は床だったので汚さないように上にベニヤ板を敷いてその上で描いていた。引っ越して来た部屋は畳なので、どうしようか?と悩んだ末、やはりベニヤ板を敷いてみることにした。畳を外してしまおうか?とも思ったけど、大掛かりで面倒なので、取り敢えず畳の上に1cm厚のベニヤ板を敷き詰めてみる。わりと容易く手に入る範囲ではベニヤ板の最大サイズは長辺が最大150cm程度。部屋は変形六畳強の広さなので6分割して6枚のベニヤ板を敷き詰める事にした。土台が畳なので凸凹していて柔らかいし、1センチ厚のベニヤ板は結構歪んでいるので、敷き詰めてみても表面が波打ってしまってどうにも収まりが悪い。取り敢えず繋ぎ目は金具で固定して、しばらく板の上で生活していれば少しずつ馴染んで来るだろうと思って待つ事にした。ベニヤを敷いたのは昨年末。一ヶ月近く経ってだいぶ馴染んで来たみたいなので描き始める事にした。馴染んだとは云えやはり土台が畳なのでカチッと硬い手応えではなく、なんとなくフカフカした板の上で描く感じは慣れるまでは違和感がありそう。でもこの状況で楽しんで描けるように自分の感覚を変えてみようと思う。もしどうにも無理そうだったら畳を外す事を考えよう。